山あり谷ありのマタニティライフ

山あり谷ありのマタニティライフ

妊娠ママ

 

私には6ヶ月になる子どもがいます。私は早く子どもが欲しく、結婚してすぐに子どもを授かることができました。その少し前に姉も妊娠していることがわかり、2人同じ時期に出産予定となりました。2人でマタニティライフを楽しもうね~といいながら過ごした日々がなんだかなつかしです。私は仕事もしていなかったし、出産まではわりとのんびりと過ごせました。

 

私は3ヵ月頃からつわりがひどく、食べ物も飲み物もうけつけない日々が続いて、しかも夏場だったので、ただでさえ体重が落ちるのに更に体重が落ちてしまいました。この頃が1番辛かったです。食べることご好きな私にとって、美味しいものが食べれないなんて悲しい過ぎました。
それから、自分は食べなくていいけど、主人には朝早くにお弁当を作らないといけないし、ご飯も作らないといけなかったのでできる範囲でがんばりました。主人も、「無理はしなくていいから」と言ってくれて、外で食べてきもらったり、私が何か食べれそうな物を買ってきてくれたりと気を遣ってくれました。感謝感謝です。この頃はかろうじて買い物に行けるくらいで、ほとんど家に引きこもっていました。気を紛らわすことも出来ず、寝てるのが楽でした。

 

そして葉酸サプリ以外に妊娠・DHAサプリを飲んでいました。

 

5ヶ月頃になるとつわりもおさまり、ご飯もぼちぼち食べれるようになり、お腹が目立つようになる頃には、ご飯はもりもり食べていました。かなり減っていた体重がドンドコ増えて来たのでらこれはまずいかな~と思い、家の近くを散歩したり、ご飯の制限をして体重管理をしていました。脂っこいものや炭水化物を抑えて、鍋や水炊きをして野菜をたくさん食べていまさした。間食もお菓子ではなく、果物やヨーグルト、おかしでも、鉄分入のウエハースなどをたべていまさした。この頃は食べてもすぐ口寂しくなり、またすぐ食べていました。
でも、なんとか体重も注意される程のでなく、糖尿病などの病気ににもならずに良かったです。

 

8ヶ月頃には私のお腹はスイカのように大きくなり、アパートの階段の上り下りはきつく、ちょっとした動きでも、「よいしょ」とついつい口にしていました。
この頃は姉と2人で里帰りし、楽しいマタニティライフを過ごしました。美味しいご飯は食べれるし、散歩も2人でおしゃべりしながら♪
検診に行くたびに、どうだった??と、それぞれお互いのことが気になり聞きあっていました。予定日も間近になってきて、陣痛ってどんなんだろ??とか無事に産めるかな??とか、不安な事もありましたが、いざその時になるとなんとかなるものですね、長時間の戦いでしたが、元気に産まれて来てくれてホッとしました。
姉も無事に出産して、今では従姉妹どうし楽しく遊ばせています。

 

妊娠中の、不思議な食の好みの変化とその後

 

私は、35歳で初産でした。悪阻がかなり酷く、食べ物の匂いを嗅いだだけで吐き気をもよおす状態で、ふらふらの妊娠初期でした。唯一、悪阻酷くても炭酸飲料だけは受け付けていて、ムカムカする時も炭酸飲料を飲むとスッキリすると言う状態でした。

 

妊娠中期に入り、悪阻が落ち着いてきた頃から、食の好みがガラッと変わったのです。妊娠前は和食が好きで、お菓子もクッキーなどの甘い物が好きでした。もちろん炭酸飲料なんて、ほとんど飲みませんでした。しかし、悪阻が酷い時に、炭酸飲料が好きになったように、和食より洋食を好むようになり、クッキーよりスナック菓子が食べたくなり、ジャンクフードが大好きになったのです。

 

ラーメン、カレーライス、お好み焼き、フライドポテト。これらが異常に食べたくて、毎日ローテーションのように、食べ続けていました。ちなみに、これらは全て主人の大好物でもあったのです。妊娠した事で、食の好みが変わるのは良く聞く話しですが、パートナーの好みに似てくるなんて…。驚きと不思議な気持ちでした。そんな調子ですから、体重も増え続け、妊娠前は45キロ前後だった体重が、出産前には60キロにまでなってしまったのです。

 

いざ、無事に出産を終えても当然の如く、体重は4キロくらい減ればいいところで、母乳があまり出ずミルクで育てたせいもあり、それから仕事復帰するまでは、ほとんど体重は変わりませんでした。

 

仕事復帰してからも、まだ赤ちゃん入ってるの?などとからかわれるくらいに、太っていたのです。
それから、仕事と育児家事をこなすハードな日々だった為、体重は自然と落ちていきました。あれほど好きだった、ラーメンやカレーライスなども落ちつき、すっかり以前の食の好みに戻ったせいも、体重が落ちた理由かもしれません。

 

現在では、妊娠前の体重とまではいきませんが、それなりの体重を維持出来ています。そして、その時にお腹にいた息子。今では5歳になりましたが、やはりラーメン、カレーライス、フライドポテトが大好きなのです。お腹の中で、食べたかったのかもしれないね。なんて義母たちの笑い話になっています。本当に妊娠って不思議な事だらけだと、身をもって感じました。

 

妊娠して初めて知った姉のつわり事情

 

私には姉がいます。
姉が結婚してからもう20年近く経つでしょうか。
3人の子宝に恵まれて、ご主人のお母様と一緒に同居暮らしです。

 

私は自分が妊娠した時に、母や姉が妊婦だった頃はどんな感じだったのか2人に聞いてみました。
初めて聞く2人の妊婦話。
母はあまり詳しく教えてくれませんでしたが、つわりはとても重かったと言っていました。

 

母は、その時妊婦だった私を気遣って、あまりつわりで辛かったという話を聞かせたくなかったようです。
辛いつわりが終わったら可愛い赤ちゃんに会えるのだから強くなりなさい、
と言って励ましてくれました。

 

そして姉。
姉は3人の子供を産んでいましたが、つわりについて話を聞いた事はそれまで1度もありませんでした。
姉の場合、一番最初の妊娠の時が一番辛かったと言っていました。
水も全然飲めなくて、それなのに唾は良く出ていたから部屋の中で移動する時にはいつもビニール袋を持ち歩き、その中に吐いていたようです。

 

1人目の妊娠が辛いつわりに耐えていたので、2人目が出来た時には
「あの辛いつわりをまた経験しなければいけないのか
そう感じて毎日憂鬱だったそうです。

 

ところが体質が変わってしまったのか、
ちょっと気持ちが悪いなあと感じるくらいで、家事もいつも通りにこなせるし
長女と一緒に遊ぶ余裕もあったそうです。
私はその姉の言葉を聞いて少しだけ安心しました。

 

3人目にいたっては、もう覚えていない、という一言で終わってしまいました。
じっさい3人目が生まれた頃はあまりの忙しさに実家の母親へよく上2人の子供を預けに来ていました。
当時まだ実家で暮らしていた私も、よく面倒をみていた事を思い出しました。

 

母や姉の話を聞いて、つわりはどうしても逃げられない辛いものだけれど、
その辛さを乗り越えてこそ、可愛らしいわが子に出会えるのだ、
もっと母親としてどーんと構えて頑張らないといけないなと強く感じました。

 

現在もうすぐ2歳になる娘。
何でもよく食べてよく笑う、太陽みたいな可愛らしい子に育っています。
辛いつわりを乗り越えて、やっと出会えた我が家の太陽に感謝です。